日本書紀の旅 天武天皇ゆかりの地

天武・持統天皇

龍田大社

二十二社(中七社)・旧官幣大社 龍田大社(たつたたいしゃ) 天武4年(675年)に、天武天皇が使者を派遣して「風神を龍田の立野に祀った」と書紀に記載がある古社です。 延喜式の「龍田風神祭祝詞」によれば、創建は第10代崇...
天武・持統天皇

廣瀬大社

二十二社(中七社)・旧官幣大社 廣瀬大社(ひろせたいしゃ) 佐保川、初瀬川、飛鳥川、曽我川、葛城川など、奈良盆地を流れる全ての川が合流する地に鎮座する廣瀬大社は、水田を潤す清浄な水の神である廣瀬大忌神(おおいみのかみ)を祀る...
天武・持統天皇

本薬師寺跡(もとやくしじあと)

本薬師寺(もとやくしじ)は第40代天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒のために天武9年(680年)に発願し、天武天皇崩御(686年)後も第41代持統天皇によって建立されました。 平城京遷都に伴い、薬師寺は現在の西ノ京へ移さ...
天武・持統天皇

飛鳥京跡苑池

伝飛鳥板蓋宮跡(でんあすかいたぶきみやあと)を中心に、川原寺跡、飛鳥寺跡、飛鳥池工房遺跡など6世紀末から7世紀後半まで飛鳥の地に営まれた複数の遺跡からなる都市遺跡「飛鳥宮跡」。 飛鳥京跡苑池(あすかきょうあとえんち)は、第35...
天武・持統天皇

天武天皇・持統天皇陵(檜隈大内陵)

天武天皇・持統天皇陵(檜隈大内陵=ひのくまのおおうちのみささぎ)は野口王墓(のぐちおうのはか)とも呼ばれ、宮内庁により第40代天武天皇と第41代持統天皇の陵として治定されています。書紀には「大内陵」と記され、治定が信頼できる数少ない...
天武・持統天皇

束明神古墳(つかみょうじんこふん)

束明神古墳(つかみょうじんこふん)は春日神社の境内にあり、丘陵の尾根の南斜面に築造された7世紀、古墳時代末期の古墳です。出土した棺飾金具、鉄釘、土師器などから、天武天皇と持統天皇の子で、皇太子のままこの世を去った草壁皇子の墓の可能性...
壬申の乱

金福寺

吉野には大海人皇子が隠れたという場所がいくつかありますが、その一つとされるのが現在の金福寺(こんぷくじ)がある場所。 「金福寺縁起絵巻」には大海人皇子が吉野に出家する際、柴の庵に住む老婆に匿われて大友皇子の追っ手から逃れることができた...
壬申の乱

宮滝遺跡

宮滝遺跡(みやたきいせき)は近年の発掘調査で、飛鳥時代から奈良時代にかけてあったとされる吉野宮の跡と考えられています。 吉野宮は第35代斉明天皇が造った離宮で、大海人皇子(後の第40代天武天皇)が大津京から逃れ、後に挙兵する壬...
壬申の乱

浄見原神社

浄見原神社(きよみはらじんじゃ)は、天皇淵と呼ばれる吉野川沿いの断崖の上に建つ天武天皇を祀る神社です。 大海人皇子が吉野で挙兵した時、国栖(くず・くにす)に住む人々は大海人皇子に味方し、敵の目からかくまい、食事や酒を献じ歌舞を...
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