聖徳太子ゆかりの地一覧

聖徳太子ゆかりの地

長楽寺

用明天皇2年(586年)厩戸皇子によって建立されたと伝えられる長楽寺(ちょうらくじ)。 境内には、厩戸皇子ゆかりの「鑑石(かんがみいし)」と名付けられた扁平な石があります。厩戸皇子が物部守屋を討伐した際、苦戦している状況の立て直しを図るため...
聖徳太子ゆかりの地

信貴山 朝護孫子寺

信貴山(しぎさん) 今からおよそ1400年前、厩戸皇子は物部守屋を討伐するため、河内稲村城へ向かう途中この山に至りました。皇子が戦勝の祈願をすると、天空に毘沙門天王が現れ必勝の秘法を授かりました。その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻でした。 ...
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平隆寺跡(へいりゅうじあと)

平隆寺は、中世の法隆寺関係の文献の中で聖徳太子建立寺院四十六箇寺の一つとあり、古代豪族「平群氏」の氏寺で、厩戸皇子安息の寺でもあります。 河内に行く途中、厩戸皇子が犬に鹿が噛み殺されるところに遭遇し、その鹿の菩提を弔うために一堂を建てたとい...
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籏尾池

金剛生駒紀泉国定公園内にある籏尾池(はたおいけ)は周囲約2km、面積6.6haの溜池で、二上山(にじょうさん)を眺望できる籏尾池湖畔として、奈良県の景観資産になっています。 厩戸皇子が農業用水確保のため一夜で掘られたという伝説から、農耕に欠...
聖徳太子ゆかりの地

達磨寺

達磨寺(だるまじ)は、奈良県北葛城郡王寺町にある臨済宗南禅寺派の寺院で、厩戸皇子と達磨大師の出会いからはじまったといわれます。片岡山飢人伝説と呼ばれる伝承の概要を「達磨寺」のウェブサイトから引用します。 『日本書紀』によると、推古天皇21年...
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大安寺

大安寺は南都七大寺の1つにかぞえられる高野山真言宗のお寺です。厩戸皇子が平群郡に建立した「熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)」が時代と共に移転し、国家筆頭の寺院として、百済大寺、高市大寺、大官大寺と名を変え、平城京遷都に伴って今の地に移りました...
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世尊寺

世尊寺(せそんじ)は、厩戸皇子が建立した48カ所寺の一つと伝えられ、古くは「比蘇(比曽)寺」「現光寺」「栗天奉寺(りってんほうじ)」などと呼ばれていました。『日本書紀』の「〜今吉野寺放光樟像也」の一文にいう「吉野寺」の事だとされ、日本でもっ...
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大願寺

大願寺(だいがんじ)は真言宗御室派の寺で、厩戸皇子が蘇我馬子に命じて建立したと伝えられます。大願寺のある大宇陀は、古くは阿騎野(あきの)と呼ばれ狩猟が行われた地であるほか、推古天皇の時代には鹿の若角や薬草を採る薬狩りが行われたと書紀にありま...
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土舞台

日本芸能発祥に地といわれる土舞台(つちぶたい)。厩戸皇子がこの地で日本初の国立演劇研究所を設けたことに由来しています。 書紀によると、推古20年(620年)中国南部の呉(くれ)で伎楽(くれがく)の舞を習得し、百済から帰国した味摩之(みまし)...
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保寿院(膳夫寺跡)

厩戸皇子の最愛の后である膳夫姫(かしわてひめ)が養母を弔うため建立した膳夫寺(かしわてでら)の跡地として伝えられています。膳夫姫は天皇の食膳を担当した膳(かしわで)氏の出身で、一族は当地一帯に住んでいたといわれています。古くは食器の代わりに...