日本書紀ゆかりの地 奈良市内編

記紀編纂功労者

興福寺

興福寺(こうふくじ)の前身は山背国の「山階(やましな)寺」。藤原鎌足の重い病の回復を願い、妻の鏡の大王(かがみのおおきみ)が天智8年(669年)に建立しました。 壬申の乱のあと都が大津から飛鳥に移ると、厩坂(うまやさか)の地に...
記紀編纂功労者

春日大社

二十二社(上七社)・旧官幣大社 春日大社(かすがたいしゃ) 中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために創設された春日大社。全国におよそ3000社ある春日神社の総本社です。 社伝では、神護景雲2年(768年)に藤原永手(ふ...
記紀編纂功労者

太安万侶墓

1979年(昭和54年)奈良市郊外の茶畑から奈良時代の火葬墓が発見されました。この墓は、木櫃(もくひつ)の下に置かれていた銅板墓誌から「古事記」の編纂者・太安万侶の墓と判明し、当時の新聞を賑わせました。 副葬品として真珠も見つ...
記紀編纂功労者

十輪寺

奈良市中心部からバスで東南東に進むことおよそ30分。標高400から500m、昔ながらの山里風景が広がる田原地区があります。古くは奈良から伊勢へ抜ける交通の要地であり、十輪寺(じゅうりんじ)はこの地区の中心的な大寺として栄えていました...
記紀編纂功労者

平城宮跡

第43代元明天皇は710年(和銅3年)藤原京から平城京に遷都しました。その北端中央におかれた平城宮には、天皇のお住まいである内裏(内廷)や、儀式を行う朝堂院、官公庁などが集まっていました。 平城宮跡(へいじょうきゅうせき)は1...
記紀編纂功労者

法華寺

平城宮跡と隣接する法華寺町。町名の由来となった法華寺(ほっけじ)のある場所は、もともと書紀編纂に深く関わったという説がある藤原不比等の邸宅でした。 不比等の没後(720年)、娘の光明皇后(第45代聖武天皇の皇后)がこれを相続し...
聖徳太子ゆかりの地

大安寺

大安寺は南都七大寺の1つにかぞえられる高野山真言宗のお寺です。厩戸皇子が平群郡に建立した「熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)」が時代と共に移転し、国家筆頭の寺院として、百済大寺、高市大寺、大官大寺と名を変え、平城京遷都に伴って今の地に移...
大和王権と巨大古墳

宝来山古墳(垂仁天皇陵)

宝来山古墳は、宮内庁により第11代垂仁天皇の陵墓に定められている前方後円墳。古墳時代前期4世紀後半頃に作られたといわれています。前方部を南方に向けて墳丘は3段築成。墳丘の長さは227メートルで、全国で第20位の規模になります。(24...
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