日本書紀の旅 国宝所有編

記紀編纂功労者

興福寺

興福寺(こうふくじ)の前身は山背国の「山階(やましな)寺」。藤原鎌足の重い病の回復を願い、妻の鏡の大王(かがみのおおきみ)が天智8年(669年)に建立しました。 壬申の乱のあと都が大津から飛鳥に移ると、厩坂(うまやさか)の地に...
記紀編纂功労者

春日大社

二十二社(上七社)・旧官幣大社 春日大社(かすがたいしゃ) 中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために創設された春日大社。全国におよそ3000社ある春日神社の総本社です。 社伝では、神護景雲2年(768年)に藤原永手(ふ...
記紀編纂功労者

法華寺

平城宮跡と隣接する法華寺町。町名の由来となった法華寺(ほっけじ)のある場所は、もともと書紀編纂に深く関わったという説がある藤原不比等の邸宅でした。 不比等の没後(720年)、娘の光明皇后(第45代聖武天皇の皇后)がこれを相続し...
乙巳の変

談山神社

談山神社(たんざんじんじゃ)の社号は、中大兄皇子と中臣鎌足が多武峰(とうのみね)の山中で蘇我入鹿討伐の談合を行い、のちに「談(かたら)い山」または「談所ヶ森(だんじょのもり)」と呼ばれたことに由来します。 鎌足の死後、長男で僧...
聖徳太子ゆかりの地

信貴山 朝護孫子寺

信貴山(しぎさん) 今からおよそ1400年前、厩戸皇子は物部守屋を討伐するため、河内稲村城へ向かう途中この山に至りました。皇子が戦勝の祈願をすると、天空に毘沙門天王が現れ必勝の秘法を授かりました。その日は奇しくも寅年、寅日、寅の...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

法隆寺

別名は斑鳩寺(いかるがでら)。厩戸皇子が飛鳥の地から斑鳩宮に移ったと書紀にあり、斑鳩宮の傍らに亡き父、第31代用明天皇のために寺を建立したのが法隆寺(斑鳩寺)の始まりです。 金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

中宮寺

中宮寺(ちゅうぐうじ)は法隆寺に隣接する厩戸皇子ゆかりの尼寺で、宗派は「聖徳宗」となっています。 平安時代の「聖徳太子伝暦」には、中宮寺は聖徳太子が母・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ:間人皇后)の宮殿を寺としたと...
最古の官道

當麻寺(たいまでら)

延喜によれば、第31代用明天皇の第3皇子で、厩戸皇子の異母弟である麻呂子皇子(まろこのみこ)によって建立され、天武天皇の時代に現在の二上山の麓の地に移ったとされています。 右大臣藤原豊成(ふじわらのとよなり)の娘、中将姫(ちゅ...
最古の官道

安倍文殊院

大化の改新(645年)の際、左大臣となった安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)が安倍氏の氏寺として建立したとされます。奈良時代の遣唐使・安倍仲麻呂、平安時代の陰陽師・安倍晴明が生まれた寺院としても知られています。 京都・天橋立の...
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