日本書紀の旅 重要文化財所有編

記紀編纂功労者

興福寺

興福寺(こうふくじ)の前身は山背国の「山階(やましな)寺」。藤原鎌足の重い病の回復を願い、妻の鏡の大王(かがみのおおきみ)が天智8年(669年)に建立しました。 壬申の乱のあと都が大津から飛鳥に移ると、厩坂(うまやさか)の地に移建。さらに和...
記紀編纂功労者

春日大社

二十二社(上七社)・旧官幣大社 春日大社(かすがたいしゃ) 中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために創設された春日大社。全国におよそ3000社ある春日神社の総本社です。 社伝では、神護景雲2年(768年)に藤原永手(ふじわらのながて)が鹿島...
記紀編纂功労者

松尾寺

矢田丘陵の南端近くにある松尾山の中腹に位置する松尾寺。「まつのおでら」「まつのおさん」などとも呼ばれます。 慶長11年(1606年)成立の『厄攘(やくよけ)観音来由記』、延宝4年(1676年)成立の『松尾寺縁起』等によると、「日本書紀」を第...
記紀編纂功労者

法華寺

平城宮跡と隣接する法華寺町。町名の由来となった法華寺(ほっけじ)のある場所は、もともと書紀編纂に深く関わったという説がある藤原不比等の邸宅でした。 不比等の没後(720年)、娘の光明皇后(第45代聖武天皇の皇后)がこれを相続して皇后宮としま...
天武・持統天皇

龍田大社

二十二社(中七社)・旧官幣大社 龍田大社(たつたたいしゃ) 天武4年(675年)に、天武天皇が使者を派遣して「風神を龍田の立野に祀った」と書紀に記載がある古社です。 延喜式の「龍田風神祭祝詞」によれば、創建は第10代崇神天皇の御代。数年に渡...
乙巳の変

飛鳥寺

書紀によると飛鳥寺(あすかでら)は、法興寺(飛鳥寺)は用明天皇2年(587年)に仏教を保護する蘇我馬子が建立を発願し、推古天皇4年(596年)に日本初の本格的寺院として完成しました。 乙巳の変以降、滅亡した蘇我本宗家の氏寺から官寺的性格をも...
乙巳の変

談山神社

談山神社(たんざんじんじゃ)の社号は、中大兄皇子と中臣鎌足が多武峰(とうのみね)の山中で蘇我入鹿討伐の談合を行い、のちに「談(かたら)い山」または「談所ヶ森(だんじょのもり)」と呼ばれたことに由来します。 鎌足の死後、長男で僧侶の定慧(じょ...
聖徳太子ゆかりの地

信貴山 朝護孫子寺

信貴山(しぎさん) 今からおよそ1400年前、厩戸皇子は物部守屋を討伐するため、河内稲村城へ向かう途中この山に至りました。皇子が戦勝の祈願をすると、天空に毘沙門天王が現れ必勝の秘法を授かりました。その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻でした。 ...
聖徳太子ゆかりの地

竹林院

椿山寺として厩戸皇子が創建したといわれる寺院です。弘仁年間(810年~824年)に空海が入り常泉寺と称し、1385年に竹林院と改められました。聖徳太子座像(伝)が後世、護摩堂に安置されました。 格調のある宿坊としても有名で、千利休作と伝えら...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

橘寺

正式名称は「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称する天台宗の寺院です。寺伝よれば、この場所に橘の宮という第29代欽明天皇の別宮があり、そこで厩戸皇子が誕生したとされています。 聖徳太子建立七大寺の一つとされ、本堂には室町時代の聖徳太子座像(重要文化財...