橿原市

天武・持統天皇

藤原宮跡(ふじわらのみやあと)

藤原宮は694年(持統8年)から710年(和銅3年)までの16年間、都城制を敷いた初めての都で、平城京に遷都されるまで日本の首都となりました。 史料では持統天皇4年(690年)に着工し、4年後に飛鳥浄御原宮から宮を遷した、としていますが、近...
天武・持統天皇

本薬師寺跡(もとやくしじあと)

本薬師寺(もとやくしじ)は第40代天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒のために天武9年(680年)に発願し、天武天皇崩御(686年)後も第41代持統天皇によって建立されました。 平城京遷都に伴い、薬師寺は現在の西ノ京へ移され、移建後は区...
壬申の乱

河俣神社

河俣神社(かわまたじんじゃ)は、延喜式神名帳に記されている高市御県坐鴨事代主(たけちのみあがたにますかもことしろぬし)神社とされています。 高市社(たけちしゃ)に祀られる事代主神(ことしろぬしのかみ)と生霊神(いくみたまのかみ)の2柱が、高...
乙巳の変

入鹿神社

全国でただ一つ蘇我入鹿を祀る神社です。明治時代に、皇国史観に基づいて神武天皇を祀る橿原神宮の近くに、逆臣である蘇我入鹿を神として祀るのは都合が悪いとして、社名を地名からとった「小綱神社」に改めるように政府から言われましたが、地元の人はそれを...
聖徳太子ゆかりの地

保寿院(膳夫寺跡)

厩戸皇子の最愛の后である膳夫姫(かしわてひめ)が養母を弔うため建立した膳夫寺(かしわてでら)の跡地として伝えられています。膳夫姫は天皇の食膳を担当した膳(かしわで)氏の出身で、一族は当地一帯に住んでいたといわれています。古くは食器の代わりに...
聖徳太子ゆかりの地

久米寺

久米寺(くめでら)は、奈良県橿原市久米町にある真言宗御室派の寺院。7世紀後半、推古天皇の勅願により、聖徳太子の弟、来目皇子が眼病全快を感謝して建立したともいわれていますが、詳しいことはわかっていません。「扶桑略記」や「今昔物語集」では久米仙...
最古の官道

八木札の辻 (やぎふだのつじ)

奈良盆地を南北に走る古道「下ツ道」と東西に走る「横大路」の交差点が「八木札の辻」です。江戸時代中期以降、この界隈は伊勢参りや大峰山(おおみねさん)への参詣巡礼の要所として賑わいました。周辺には江戸時代の旅籠(はたご)「東の平田家(ひがしのひ...
神武東征(奈良編)

橿原神宮

天照大神の子孫、神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)が、天下を治めるのに適当な地を求めて、九州日向の高千穂の宮から東征を開始し、瀬戸内海、熊野を経由して奈良へたどり着きます。 そしてこの地を平定し、畝傍(うねび)の橿原宮で神武天皇...