宇陀市

壬申の乱

墨坂神社

大友軍に負けた大伴吹負(おおとものふけい)がほんの一、二騎のみとなって逃れ、この地で援軍と合流しました。さらにちりぢりになっていた兵士を呼び集めて、反撃の態勢を整えたのが墨坂神社とされています。また、崇神天皇の時代には疫病を鎮めるた...
聖徳太子ゆかりの地

大願寺

大願寺(だいがんじ)は真言宗御室派の寺で、厩戸皇子が蘇我馬子に命じて建立したと伝えられます。大願寺のある大宇陀は、古くは阿騎野(あきの)と呼ばれ狩猟が行われた地であるほか、推古天皇の時代には鹿の若角や薬草を採る薬狩りが行われたと書紀...
神武東征(奈良編)

八咫烏神社 (やたがらすじんじゃ)

神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)は、天照大神が遣わした八咫烏の先導により、熊野から菟田(うだ)に入ることができました。 続日本紀に「宇太(うだ)郡に八咫烏を祀った」との記述があり、神社の創祀と八咫烏の功績をうかが...
タイトルとURLをコピーしました