太安万侶

記紀編纂功労者

太安万侶墓

1979年(昭和54年)奈良市郊外の茶畑から奈良時代の火葬墓が発見されました。この墓は、木櫃(もくひつ)の下に置かれていた銅板墓誌から「古事記」の編纂者・太安万侶の墓と判明し、当時の新聞を賑わせました。 副葬品として真珠も見つ...
記紀編纂功労者

十輪寺

奈良市中心部からバスで東南東に進むことおよそ30分。標高400から500m、昔ながらの山里風景が広がる田原地区があります。古くは奈良から伊勢へ抜ける交通の要地であり、十輪寺(じゅうりんじ)はこの地区の中心的な大寺として栄えていました...
記紀編纂功労者

多神社

正式名称は多坐弥志理都比子神社(おおにますみしりつひこじんじゃ)といい、一般的に多神社(おおじんじゃ)と呼ばれ、多社、多坐神社、太社、意富社とも書かれます。記紀神話では「神八井耳命は皇位を弟に譲り、自らは神祇を祭る」とあり、創祀とし...
記紀編纂功労者

小杜神社

周辺に数多く鎮座する多神社の境外摂社の一つ。多神社の南およそ200mに鎮座し、太安万侶を祀っています。鎮座地の字から「木ノ下社」とも称される神社で、式内社・小社神命神社に比定されている古社。拝殿などはなく立派な祠だけの境内には、「古...
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