2019-06

太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

屏風杵築神社

厩戸皇子がここで休憩を取ったとき、従者のもっていた矢で地面をつくと、きれいな水が湧き出たという伝説があります。以来、厩戸皇子はここを通るたびこの清水を飲み、人々は屏風を立てて聖徳太子を接待したといわれます。 この「屏風の清水」...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

白山神社

(屏風)杵築神社の道路向かいに小さく鎮座しているお社です。境内には厩戸皇子が飛鳥から宮古、伴堂(ともんどう)を経て法隆寺へ向かう際に、この屏風の地で腰掛けて休んだとされる「腰掛石」という大石があります。 平成24年(2012)...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

額安寺

厩戸皇子が創建した学舎「熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)」の跡地にあるといわれる額安寺(かくあんじ)。熊凝とは当時のこの地の地名で、精舎とは釈迦の「祇園精舎」に準えて命名されました。いわば、学問道場であったと考えられています。大和国平...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

飽波神社

飽波神社(あくなみじんじゃ)は、厩戸皇子が葦垣宮(あしがきのみや)で夢見によって牛頭天王を祀る祠を建てたのが始まりとされ、江戸時代まで牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)と呼ばれていました。東安堵・西安堵の氏神として祀られています。 ...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

広峰神社

太子道と業平道が交わる位置に鎮座する広峰神社(ひろみねじんじゃ)。社地は聖徳太子の居た飽波葦垣宮(あくなみのあしがきのみや)跡地であると伝えられ、また、もともとは「飽波神社の置かれたところ」という伝承があります。 「安堵社神験...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

法隆寺

別名は斑鳩寺(いかるがでら)。厩戸皇子が飛鳥の地から斑鳩宮に移ったと書紀にあり、斑鳩宮の傍らに亡き父、第31代用明天皇のために寺を建立したのが法隆寺(斑鳩寺)の始まりです。 金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした...
太子道〜厩戸皇子ゆかりの地

中宮寺

中宮寺(ちゅうぐうじ)は法隆寺に隣接する厩戸皇子ゆかりの尼寺で、宗派は「聖徳宗」となっています。 平安時代の「聖徳太子伝暦」には、中宮寺は聖徳太子が母・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ:間人皇后)の宮殿を寺としたと...
最古の官道

二上山

二上山(にじょうざん)は大阪と奈良の県境にあり雄岳と雌岳の二峰からなり、古来から極楽浄土の入り口と考えられている神聖な山です。 北側の雄岳山頂には、謀反の疑いをかけられて自害した天武天皇の息子、大津皇子(おおつのみこ)の墓があ...
最古の官道

當麻寺(たいまでら)

延喜によれば、第31代用明天皇の第3皇子で、厩戸皇子の異母弟である麻呂子皇子(まろこのみこ)によって建立され、天武天皇の時代に現在の二上山の麓の地に移ったとされています。 右大臣藤原豊成(ふじわらのとよなり)の娘、中将姫(ちゅ...
最古の官道

長尾神社

「延喜式神名帳」に記されている古社です。最古の官道竹内街道の東側の起点であり、横大路の西側の起点ということで、交通の要衝であったことから古来より交通安全、旅行安全の神として篤く信仰されてきました。 主祭神 天照大神 豊受...
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